AI時代の大逆転 / 第12話
PART 03 · 学びと判断
ビジネスアスリートは何を鍛えているのか

ほかの回を読む全18話の目次を開く
新しい社内システムを導入したのに、なかなか使ってもらえない。そんな場面を想像してほしい。説明会を増やすか、操作マニュアルを配るか。すぐに対策を考えたくなるが、その前に確かめたいことがある。使う人が増えれば、本当に仕事はよくなるのだろうか。
もともとの目的が、申請の待ち時間を減らすことなら、見るべきものも変わる。入力が簡単になっても、承認する側で止まっていれば、待つ時間は短くならない。目についた現象から少し離れ、何を解く必要があるかを定める。ここから仕事の考え方が動き始める。
私は、こうした力を日々鍛える人を、ビジネスアスリートと呼んでいる。その中核には、問題設計能力、構造化・検証能力、伝達・影響力という三つの力がある。知性、思考筋力、感性を使い、問いを立て、確かめ、人とともに現実を動かすための考え方だ。
まず、問題設計能力である。何を問題として扱い、どこへ力を使うかを決める。先ほどの例なら、システムの利用率を上げることと、申請から決定までの時間を減らすことの違いに気づく力だ。目的を置き直すだけで、話を聞く相手も調べる数字も変わってくる。
ここでいう知性には、たくさんのことを知っているだけでなく、今は何に向き合うべきかを見極める働きがある。困りごとをすべて同時に解くことはできない。限られた時間の中で、どの問いを扱えば状況が動くか。考えないことを選ぶのも、その一部になる。
次に、構造化・検証能力を使う。申請する、確認する、承認するという過程を分け、それぞれでどれくらい待っているかを見る。確認事項が多すぎるのか、担当者が不在なのか。原因の候補を並べ、記録や当事者の話で確かめる。最初の思いつきを結論にしない。
そして、変えられる範囲で試してみる。例えば、差し戻しが多い項目の説明を直し、待ち時間に変化があるかを見る。うまくいかなければ、別の原因を考える。この仮説、確認、修正の反復を、私は思考筋力として捉えている。一度の名案より、考え続ける力を育てる。
そこで欠かせなくなるのが、伝達・影響力である。説明を変えたいと思っても、実際に使う人や承認する人に伝わらなければ進まない。相手は何を心配し、どんな負担を抱えているのか。その立場を理解し、提案の順序や言葉を選ぶところで、感性が働く。
例えば、効率が上がるという説明だけでは、確認を減らす不安は消えないかもしれない。守るべき条件は何か、問題が起きたら誰に相談するかまで話し合う。相手の反応を聞くことで、自分の案の抜けにも気づく。伝える過程は、考えを再点検する機会にもなる。
この三つは、順番に終わらせる別々の科目ではない。人に伝えてみたら、最初の問いを変えた方がよいとわかることもある。事実を調べるうちに、自分が問題だと思ったことが違って見えることもある。その往復を続けるところに、ビジネスアスリートの姿がある。
AIには、原因の候補を出してもらったり、説明のわかりにくさを指摘してもらったりすればよい。同時に、現場で何が起きたかを持ち帰って考え直す。画面の中だけで案を磨くより、人が使った結果を確かめることで、次に問うべきことが具体的になってくる。
この練習は、特別な肩書を得るまで待たなくても始められる。次の会議で何を決めるかを一文にし、その根拠を確かめ、相手に伝えてみる。結果を振り返り、また試す。うまくいかなかったときにも学べる環境があれば、小さな仕事が、考える力を育てる場になる。
その力を、会社の成果のためだけに使う必要はないと思う。自分のお金や身体に向き合い、考えを表現し、どんな時間を生きたいかを選ぶときにも使える。仕事の変化に対応する力の先で、人生の自由を支えるものを、私たちはどのように育てていけるだろうか。
参考資料
前田英志「ビジネスアスリートOS™/ビジネスアスリート公式定義文 as of 2025/12/20」
