AI時代の大逆転 / 第08話
PART 02 · 仕事と社会
社員全員に参謀がついたら本社は何をするのか

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私がIBMでパートナーを務めていたころ、肩書から想像されるほど、自分で決められるわけではなかった。むしろ、ほとんど権限がないと感じていた。何かを進めようとすると、承認、また承認。その間にも、お客さんの事情や現場の状況は動いている。
これは、当時の私の仕事で感じたことである。大きな会社には、個人の判断だけで動かせないお金や責任がある。それはわかる。それでも、現場にいる人が事情を知り、動こうとしているのに、決めるまでに時間がかかる。その距離を何とかできないかと思う。
本社に知識と情報を集め、現場へ指示を出す。その仕組みには合理性があった。専門家をあちこちに置くのは難しいし、会社全体の経験をまとめれば、同じ失敗を避けやすい。個々の担当者では見えない危険を、離れた場所から見つけられる場合もある。
では、社員全員のそばに、資料を読み、過去の事例を調べ、選択肢を比べるAIがいたらどうだろう。専門的な助言を受ける入口が、本社だけではなくなる。お客さんの事情を知る担当者が、その場で考える材料を得られれば、組織の形にも別の可能性が生まれる。
ただし、相談相手が増えても、決裁権は移らない。AIに案を整理してもらったところで、従来どおり何段階もの承認を待つなら、実行までの時間は大きく変わらないかもしれない。考える力を現場へ届けることと、決める権限を渡すことは、同時に考える必要がある。
その点で、ドン・キホーテを展開するPPIHの考え方は参考になる。同社の公式説明では、仕入れ、価格設定、商品構成、陳列などの権限を各店舗に委譲している。大きな組織でも、地域や売り場の違いを現場の判断に結びつける設計がある。
ここにAIの助言が加われば、現場の判断を支える材料はさらに増やせるかもしれない。これは私の見立てであり、同社の業績をAIの効果として説明しているわけではない。注目したいのは、道具の前に、現場が決める仕組みが置かれている点である。
もちろん、各店舗が好き勝手に動けばよいという話にはならない。商品の安全や顧客情報の扱いなど、会社として守る条件がある。他の部署や店舗に損失を押しつける判断も困る。任せる範囲を広げるほど、越えてはいけない境界を具体的にする仕事が大切になる。
私は、本社が担う仕事もそこで変わると考えている。何でも一件ずつ許可する代わりに、現場が判断できる条件を整える。使ってよい情報、引き受けられる損失、相談が必要になる場面を共有する。そのうえで、現場だけでは解けない問題に力を使う。
例えば、限られた売り場の変更は担当者に任せ、会社全体に関わる契約は専門部署が見る。これは仮の線引きだが、すべてを同じ承認経路に載せない工夫はできる。何を任せるかと一緒に、どんな記録を残し、いつ見直すかまで決めておきたい。
もう一つ欠かせないのは、失敗の扱いである。任せると言いながら、結果が悪かったときだけ個人を責めれば、現場は許可を取りに戻る。事前に決めた範囲で試した結果を、次の判断に生かせるか。権限を渡す側にも、その結果を引き受ける責任がある。
社員全員に参謀がつく時代に、本社の意味が消えるとは思わない。会社として何を大切にし、どこへ資源を回し、どこで止めるか。その大きな判断と、各地の経験を共有する働きは残る。知識を持つことに加えて、人が動ける条件をつくる役割が重くなる。
賢い助言を得られることと、その力で自分たちの暮らしを変えられること。この間には、組織の権限や仕組みがある。そして、この距離は会社の中だけの問題でもない。知識や技術を国外から使えるようになる国々にも、似た問いが生まれている。
参考資料
PPIHグループ「国内事業(小売業)」
https://www.ppihgroup.jp/recruit/newgraduate/company/division/domestic/
