AI時代の大逆転 / 第11話
PART 03 · 学びと判断

知識を覚えるその先で判断を学ぶ

第11話の扉絵
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試験では、たいてい問題が先に与えられる。何を答えるべきかが決まっていて、必要な知識を使い、答えにたどり着く。しかし、仕事や暮らしでは、何を問題にするかから考えなければならない。転職するか、学び直すか、今の生活を続けるか。選ぶ基準も一つではない。

私はIBMで戦略コンサルティングの仕事に移った直後、営業プランを作るチームに参加した。送られてきたテンプレートに沿って資料を作り、リーダーへ持っていった。そこで問われたのは、その枠で考えてよいと思っているのか、ということだった。

自分ではプランを考えていたつもりだった。しかし実際には、与えられた枠を埋めていた。その経験は、今のAIとの付き合い方にも重なる。見栄えのよい答えが手元にあっても、そもそも何を決めるための答えなのかが曖昧なら、判断はまだ始まっていない。

問いの始まりは、いつも明快な文章になるとは限らない。会議では話がまとまったのに、何かが引っかかる。数字の説明は通っているのに、現場の様子と合わない気がする。私は、こうした言葉になる前の感覚を捨てずに扱うことを、前知の入口と考えている。

ただし、違和感を持った自分が正しいと決めてしまうのは早い。経験から大切な点を拾っている場合もあれば、思い込みかもしれない。何が引っかかるのかを言葉にし、前提を確かめる。まだ答えと呼べないものを、調べられる問いへ育てていくのである。

例えば、参加者が減った勉強会を考えてみよう。宣伝を増やすと決める前に、そもそも来る人を増やしたいのか、来た人の学びを深めたいのかを確かめる。同じ人数の減少でも、目的によって気にすべきことは違う。何を目指すかが、集める情報を変える。

そこで参加者の声を聞き、時間帯や内容を小さく変えてみる。結果がよければ、何が効いたのかを考える。悪ければ、元の説明を見直す。これは仮の例だが、覚えた知識を現実へ持ち出すと、結果によって自分の考えを書き換える練習が始まる。

うまくいったかどうかだけで採点するのも、少し急ぎすぎる。偶然、都合のよい出来事が重なることもあるからだ。何を見て、何を予想し、なぜ選んだのかを残せば、結果と判断の過程を分けて振り返れる。次に似た場面が来たときの、比較する材料になる。

AIには、別の説明を出してもらい、見落とした条件を問い返してもらえばよい。人との対話から、自分が大切にしていたことに気づく場合もある。こうした学びを、AIの間違いを見つける訓練だけに狭めたくない。自分の人生で何を選びたいかまで含めて考えたい。

その実践の中心として、私は、投資、筋トレ、思想発信を置く構想を持っている。AI時代の新しい「読み書きそろばん」である。読む、書く、計算する力を土台にしながら、学びの主役を、自分のお金、身体、考えに働きかける行為へ移していく。

投資では、不確かな先を前に、自分の目的や引き受けられるリスクを考える。実際のお金を使う前に、仮の判断から始めることもできる。筋トレでは、自分の身体の状態を見ながら、続け方や休み方を考える。人と同じ成果を目指すことを参加条件にはしない。

思想発信では、見たことや考えたことを言葉にして、人の反応を受け取る。大勢へ公開する必要はなく、小さな対話でもよい。この三つを通して、知っていることが、自分の暮らしを動かす力になる。その過程で足りない基礎へ戻り、また実践へ進むのである。

この転換は、社会が必ずそうなるという予言ではない。私が育てたい学びの姿だ。知識を覚えるところから、自分の問いで選び、試し、見直すところまで。その往復を特別な才能にせず、日常の練習にするにはどうすればよいか。私はそこを考えてきた。

参考資料

前田英志「AIは答えてくれる。でも、『何を問うか』は誰が考えるのか。」

https://note.com/fin_fhi/n/n307112ca09a7

前田英志「まだ言葉にならない違和感を、無視しない人」

https://note.com/fin_fhi/n/n7977424a601b